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みなさん、こんにちわ。

さてさて。

先日また、仕事の関係で東京にいってました。

そしてまた今月末に東京へ。

徳島に帰ってきてから月一ペースで東京へいっている。

……・。

徳島帰ってきた意味あんのかな…。


ではコメント返信。
>ユミc
確かにまだまだ新生児医療にかかわらず、医療界は日本で唯一封建体制が残る場所ですよね。
「できちゃった婚」が悪だとは私は思いませんが、確かに「できてない婚」に比べてあまりにも時間の制約を受けるのは確かかもしれませんね。

>>お金や環境、状況を考慮して『産める体制』を整えてから出産が一番ですよねぇ。
m(_ _"m)

この言葉、重く受け止めます。


>紅
ユミcがいってるように、結婚・出産というものは結構簡単にイメージがつきやすいものだから、みんなそれぞれがそれぞれの理想をイメージしていると思います。
ただ、やはりそれは理想であって現実ではないように思います。
なのであまりにも簡単に離婚したり堕胎したり。
難しいことだけど、理想と現実をこれからゆっくりすり合わせていけたらいいなと思いますよ^^
特に食物に関しては顕著に値段の差がでますよね(笑)
それは求める価値観がおいしさと安全に統一されていることが考えられます。
あと、母をほめてくれてありがとう。


さて、本日は「わたしの奴隷になりなさい」を書きます。

あ。。。

断っておきますが、今日はものすごく18禁です。

性的な表現や危険な言葉も多く出現する可能性があります。

かつ、本当に18歳以下が読んでも(18歳以上でも)理解不能であろう世界を批評します。

性的表現・性的描写・SMそういったものに免疫のない、もしくは嫌悪感を抱く方は読むのをやめたほうがいいかも。

ではいきます。

オープニングでも書きましたが先日仕事の関係で東京へといっておりました。

移動時の暇つぶしとして僕は本を読むのですが、だいたい東京への往復は3冊ほど読みます。

週刊誌1~2冊と小説1~2冊という感じでしょうか。

今回も出発時に週刊朝日を買い、飛行機の中でパラパラと読みながら、残りは東京で買うことにしました。

羽田に到着し、なぜか久々に官能小説が無性に読みたくなり(理由はあるのだがここでは書けません)山下書店へ。 

新書コーナー・文庫コーナーを順に歩き官能小説のコーナーへ。

タイトルを適当に流し見ていたのですが、本当にげんなりするようなタイトルしかない。

あげくの果てにいつのまにやら、電撃文庫が出すような表紙で官能小説が出されていることに、とにかく僕のテンションは最低まで落ちてしまい、結局そそくさとコーナーを出る羽目に。

やっぱり官能小説は向いていないことを改めて実感。

あきらめて、ハードカバーの新冊をながめていると、渡辺淳一の「欲情の作法」を発見。

これは前々から気になっていた一冊で即決。

みなさん、渡辺淳一を知っていますか?

失楽園と書けば誰でも分かるかな?(笑)

光と影で直木賞を、遠き落日で吉川栄治文学賞等を受賞している。

俗にいうミリオン作家である。

そして今回の欲情の作法であるが、これは小説ではなく平たく言えば恋愛指南書みたいなもの。

僕は今でも自身の恋愛術の向上のために勉強を怠らない。

これは恋愛ばかりではないが、今でも一番勉強をしておもしろいのはやはり恋愛である。

中身については、いくつかはなるほどという感想はもったが、

・男は振られて当然である。

・男女の違い。

・女性と接するときは優しく。

・男性は女性が考えているよりもよっぽど臆病でナイーブである。

・男が女とセックスをするために必要なものは一に忍耐二に忍耐三に忍耐である。

等、まあ僕からしたら当然だと思うようなことばかり。

勉強になったなぁという感想はあまりなかったな(笑)

羽田の山下書店で欲情の作法を買った後はホテルに向かうために地下一階のモノレールの改札へ。

そして、僕はモノレールの改札の目の前に有隣堂があることに初めて気づいた(笑)

なんせ東京に住んでた時は杉並方面へ帰るのでモノレールではなく、京急を使っていたからだ。

さて、いまだに官能小説をあきらめきれない僕は(こんなこと書くとまた白アイス殿に変態黙れ!などと罵られそうだがorz)さっそく官能小説コーナーへ。

結果は惨敗(苦笑い

まったくそそられない。

あきらめて文庫コーナーへとスゴスゴと移動。

そして。

そこにあったのだ。

何か。

今回のタイトルである。

「私の奴隷になりなさい」

出版社 角川書店

著者 サタミシュウ

表紙絵 大沢佑香

解説 リリー・フランキー

えーっと・・・。

まず、表紙絵なんですが。。。

大沢佑香というAV女優(らしい)が、ばっちりとパンダメイクと付けまつげをして首輪をつけて紐でつながれているという写真。

僕はAVが嫌いなので(見ないのではない、嫌いである)大沢佑香という人は知らない。

著者のサタミシュウって誰よ(爆)ってな感じである。

さすが角川。

やってくれる。

そして解説がリリー・フランキー?

怪しすぎるんだが?(笑)

そして、帯にはこうある。

口コミでついに15万部突破。

一枚目をめくるとそこにはこんな言葉が。

「奴隷になるということは自由を奪われるということではない。奴隷というのは、他のものに対して寛容になるということなのだよ」

まったく意味が分からない(爆)

このカバーでこの著者で宣伝打たずに15万部だと!?

この時点で僕の脳内は「私の奴隷になりなさい」の完全に奴隷である(笑)

どんな表紙だろうと、どんなタイトルだろうと関係ない。

読みたいのだから買う。

店員が若い綺麗なお姉さんだろうがおかまいなしにレジへ。

私は堂々と首輪につながれたAV女優を表に出してお姉さんに差し出す。

お姉さん:ブックカバーはどうしますか?

オタム:お願いします(クールな感じで)。

お姉さん:かしこまりました。

ちなみに、シリーズものらしく、平積みになった「私の奴隷になりなさい」の横には「ご主人様と呼ばせてください」「お前次第」「はやくいって」と4冊が同じく平積みにされていた。

さすがに4冊まとめて買う勇気はなかった。

内容、雰囲気ともにあまりにミステリアスすぎて。。。

モノレールに乗って浜松町へ向かう車中で僕はあえて渡辺淳一の欲情の作法を読むことにした。

本当は私の奴隷になりなさいが気になって仕方がないのにである。

なぜって?

決まっている。

僕がまだ若いからだ。

いくらなんでもモノレールや電車の中でテントを張る訳にはいかない。

それくらいの羞恥心は残っている(笑)

恋愛指南書である欲情の作法を読めば読むほどに内容がつまらない。

書いてあることは僕にとって当たり前のことなのだから当然である。

ホテルへ到着。

ひとまず欲情の作法はテーブルの上へ置いて「私の奴隷になりなさい」を読み始める。

およそ3時間くらいだろうか。

薄い本であるのに随分時間がかかった。

それだけしっかりと読み込んだのだろう。

感想は買った時に予想したよりもはるか上をいくおもしろさだった。

なぜこのタイトルで出して、この表紙なんだ?(笑)

こんなタイトルと表紙で出されたら一見客なんか絶対買えない。

もう少し買い手のほうのハードルを下げて宣伝打てばもっと売れるだろ(爆)

内容は官能小説ではない。

かといって大衆文学でもないな。

なぜならメインテーマはやはり支配と従属によるSMもので、ポルノ的表現がバンバン出てくる。

物語は、主人公である「僕」が転職した出版社で先輩である香奈に一目惚れするところから始まる。

香奈は新婚だが、夫は単身赴任中であり、ルックスが並以上だと自覚している「僕」は香奈に猛アタックするが一向に振り向く気配を見せない彼女に困惑する。

そんな日々を過ごす僕に突然一通のメールが香奈から届く。

「今夜、セックスしましょう」

舞い上がり有頂天になる「僕」。

しかし、そこで異常な言葉が香奈から出る。

「僕」にビデオカメラを渡してセックスの一部始終を撮影しろという。

「僕」は訳も分からず、しかしその要求を承諾する。

そんな一夜を過ごしても香奈のそっけない態度は一向に変わらない。

そんな二人の関係に困惑する「僕」の元へ再び香奈からセックスを誘うメールが。

セックスをしている時の香奈の様子は明らかに心と体のバランスが取れていない。

目線はずっとビデオカメラを意識し、「僕」の存在などまるでセックスをするための「道具」であるかのような態度。

それでも「僕」が、今まで付き合い「僕」のことを愛していると言った女でもしてくれないようなことをしてくれる……。

そんな香奈との異常な関係にいつのまにかはまり込んだ「僕」は、それまで適当に遊んでいた女との関係を断ち切り自分のすべてを香奈へと向ける。

そんなある日、香奈に自宅へと誘われ、そこで「僕」は「私」の存在を知ることになった。

とまぁ、こんな感じなのだが、そんなストーリーを違和感なくつないでいく構成力。

セックスの描写はポルノ的表現しかないと言っていいほどであるにもかかわらず、「いやらしさ」ではなく、「エロチシズム」しか感じさせない表現力。

圧倒的な存在感と個性を持った登場人物たち。

そんな著者の力量にただただ脱帽させられた。

そして官能小説やAVで当たり前に起こるフィクション感(これで僕は萎える)がまるでない。

どこまでもリアルな世界観で、僕はどんどんとその世界にはまりこんだ。

解説でリリー・フランキー氏はこんなふうに語っている。

「私の奴隷になりなさい」は、SM小説や官能小説をべったり書いてる作家の作品とは完全に異質なものだと思います。

(中略)

「私の奴隷になりなさい」は、極端な言い方をすれば、“SMを取り込んだ青春小説”であり“爽やかな匂いのするSM小説”ではないでしょうか。

同感である。

私は、そんな新ジャンルともいうべき「青春SM小説」という世界にもの凄く興奮したのである。

当然、次の日に僕は残りの3冊をまとめ買い(笑)

余談になるが、この残りの3冊を新宿南口の紀伊国屋で買ったのだが、そこで僕は危うく痴漢に間違われそうになった(笑)

言っとくが、間違われそうになっただけで痴漢をしたわけじゃねえからな!

誤解すんなよ(笑)

さて、残りの3冊の批評に入る。

第2巻「ご主人様と呼ばせてください」

第3巻「お前次第」

第4巻「はやくいって」

であるが、残念ながら落胆を隠せない。

はっきり言ってつまらないのである。

まだ第2巻は我慢できた。

新しい「僕」が登場し、「私の奴隷になりなさい」の「僕」が「ご主人様と呼ばせてください」の「私」となって登場する。

その「私」となった男の妻と「僕」との不倫関係を「私」が支配するという内容。

構成自体は悪くないし、登場人物も魅力的である。

ただ、「私の奴隷になりなさい」での先へのフラッグというか、もし続きがあるのならここは必ず話題になり、読者が必ず気になるであろう部分が完全に無視されている。

そのつもりで伏線はったんじゃねえのかよ!とイライラが募るばかりである。

さらに、ほんの数ページにしか登場しなかった「私の奴隷になりなさい」での「私」の圧倒的な存在感やミステリアスさといったものも完全に置き去りにして、前回の「僕」が今回の「私」ですのでよろしく的な、安易といわざるをえない運びにもさらにフラストレーションがたまり、さらに言えば「私の奴隷になりなさい」のコピーのような内容にも飽きるという状態である。

さらに言わせていただく。

「私の奴隷になりなさい」の解説ではリリー・フランキー氏が物語のディテールから構成、作家の狙い、読みどころや解説者の視点での評価を簡潔に分かりやすく語ってくれたのだが、今回の「ご主人様と呼ばせてください」ではあろうことかAV女優の大沢佑香なるものが「解説に代えて」と題して読書感想文を載せているという始末である。

この2冊目を読み終わったときの私の感想は「角川じゃだめだな」である。

僕はこの時、この作家は角川では伸びないと真剣に残念に思った。

なぜならば、サタミシュウという無名作家がそこそこおもしろいものを書いたのでとりあえず続きを書かせてみました。

まぁ、前回売れたしこれでもそこそこ売れるだろう。

という出版社側の思惑が透けて見えたし、小説というものは大まかに言うと、出版社が作家に依頼を出して作家が受け、締め切りまでに執筆して編集が受け取り、デスクが確認して出版するという流れになると思うのだが、力のある作家であれば書きたいもの、自分が納得のいくものを書くために締め切りなどあってないようなものだと浅田次郎氏が自分のエッセイの中で何度も語っている(当然締め切りを守って期限内に書き上げるのがプロだと言われればそれまでだが)。

しかし、無名作家ではそうもいかないのだろう。

納得できていなくても、締め切りまでに上げなければいけないのだろう。

角川はこの作家の力量を見誤ったのだと思った。

しっかりと時間をかけて構成して書き込めば絶対にすばらしい作品が生まれるはずなのに、これで出した角川はアホだと思った。

が、しかしである。

こんな僕の作家擁護の思いも虚しいものだということを3冊目、「お前次第」で思い知らされた。

3冊目は本来解説が書かれる部分にサタミシュウの対談が載せられていた。

そこで語られた事実は僕を完全に裏切るものであった。

なんとこのサタミシュウなる作家は覆面作家というのである。

それもミリオンをいくつも飛ばすメジャー作家らしい。

あまりのアホくささに一気にサタミシュウにもこの作品にも萎えた。

つまり、この作品は本名で書いている作品の片手間で書いていたのである。

対談でそう思われたくなかったからサタミシュウという名前で書いたとあるが、ではサタミシュウとは何者なのか?

一人のサタミシュウという作家として見てほしいとあるが、ではなぜこんなところで出てくるのか?

しかもご丁寧にミリオン飛ばす作家であることまで暴露して何がしたいのか?

肝心の中身はというと3冊目では「私の奴隷になりなさい」「ご主人様と呼ばせてください」での世界観を完全にぶち壊して、コメディーにしてしまい、4冊目では適当に短編にしてみましたがどうでしょう?(笑)といった感じである。

前2冊で、ものすごくポテンシャルを持っていると思わせる登場人物や伏線を全て無視してセックスとSMをただ小説にしただけといった文章。

曲がりなりにもミリオン飛ばすだけの力を持った作家なのではないのか?

これを片手間といわずになんというのか教えてほしいものだ。

当然、4冊目も加藤ツバキなるAV女優が解説に代えてと題して読書感想文。

こんなものにまともに解説書こうなんていう作家や評論家なんかいないだろうと思いたくなる。

「私の奴隷になりなさい」でサタミシュウという作家に感動し、期待して、痴漢に間違われながらも、小雨がぱらついている中、楽しみにあなたの作品を買いにいく読者がいるということを忘れているんじゃないのか?

ミリオン作家だろうがどんな賞をとってようが、自分の作品を読む読者のために、毎回全力でという心を忘れた作家を僕は認めない。

例えどんな評価を受けようとも、渡辺淳一という名前で相反する批評を背負って執筆する作家を僕は心から素晴らしいと改めて感じた。

比べてサタミシュウという名前がどんなに落ちようとも、本名にまったく傷を受けない作家のなんと姑息なことか。

読者をなめんじゃねえ!
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