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みなさんこんにちわ。

さて、本日の題「どちらかが彼女を殺した」であるが、これを見てすぐにピンときた人は今回のお話に何も疑問なくうなずいてくれることだろうと思う。

これは現在超のつくほどの人気作家である東野圭吾の著書である小説のタイトルである。

僕は彼のファンだ。

ただ、僕が彼のファンになったのはつい最近のことである。

あれは10月10日、東京での生活に一旦の区切りをつけて帰省する飛行機の中だった。

コメント返信は最後にあるよ^^
僕は友人から帰りの飛行機の中で暇をつぶせるものが欲しくて、「何か面白い本はないか」と聞いたら東野圭吾著のレイクサイドを貸してくれた。

それが僕と東野圭吾の出会いである。

この出会いに今になって僕は感謝している。

なぜならそれをきっかけに僕は彼の作品にはまりにはまったのだ。

読書が唯一の趣味である僕は、素晴らしい作家との出会いは、なによりも幸せな瞬間である。

彼はミステリー専門と言っていいほど推理小説を書いている。

それまで僕は推理小説をほとんど読んだことがなかった。

理由は単純なものだ。

一回推理小説に挑戦しようと思ったことがある。

確かあれは20歳前後の頃だ。

それまでほとんどと言っていいほど推理物を読んだことがない僕にとって、どれが面白いのか、誰の本が初めて読むには適しているのかなどさっぱり分からない。

つまり、それまでもっていた情報は限りなくゼロに近い状態だった。

そこで僕は「とにかく有名で面白いと評判のもの」という基準で選ぶことにした。

その一冊との出会いがとにかくまずかった。

それが僕と推理小説を完全に引き離したといっていい。

それ以降、僕は推理ものは面白くない。という固定観念からミステリーを拒否した。

しかも、僕は人が死ぬという話があまり好きではない。

というより暗くじめじめした雰囲気が好きではないのだ。

そういう理由からも、死人が出なければ成り立たない推理ものは、僕には完全に不向きであった。

ちなみに僕が最初に選んだものは、コナン・ドイル著「シャーロックホームズシリーズ」である。

ここでさらに悲劇だったのは、僕は外人作家の作品が好きではない。

理由は単純で「日本語が美しくない」からだ。

あれは、当然だが、外国人が外国語で書いたものを翻訳家が翻訳している。

だからなのかどうかは知らないが、ニュアンスが微妙なところや、言葉遣いがおかしい点が結構たくさんある(と僕は思う)。

ひどいのになると話しの中で矛盾点も山ほどある(と僕は思う)。

ちなみに外人作家で僕が読んだ有名な作品は「ハリーポッターシリーズ」や「ダヴィンチコード関連」であるが、ハリーポッターなんかはアズガバンの囚人の次の「炎のゴブレット」で挫折。

ダヴィンチコードは一応「天使と悪魔」まで読んだが、電車の中の暇つぶし程度である。

断っておくが、どちらも話しは大変よく出来ていて面白いことに違いはないのだが、いかんせん日本語に違和感がある。

さて、話しが逸れたが東野圭吾である。

彼の作品との出会いは先に書いたが、レイクサイドを読み始めた時点ではあまり期待してはいなかった。

なんせミステリーアレルギーだったのだ。

が、ここで予想外なことが起こる。

1/3ほど読んだところで「ん??これ面白くないか?」となったわけである。

そして一気に読み終わってしまった。

読み終わった感想は「あら。。。面白い。。。」である。

そこから僕の東野圭吾中毒が始まった。

ちなみに、なぜ東野圭吾中毒なのかというと、とにかく作品数が多い。

そしてその中にいわゆる「ハズレ」がないのだ。

これは本当にすごいことで、どんなに素晴らしい作家であっても中にはハズレがあるのが普通だ。

レイクサイドでミステリーにはまってから、他にもぼちぼちミステリーを読んではいるのだが、同一著者となると結構厳しい。

作品がそれなりにあるがハズレもあったり、作品自体が少なかったりと中毒にまではならないのだ。

というわけで目下ミステリーを読むのは東野圭吾とあいなったわけである。

ここで、僕が10月初旬から現在に至るまで彼の作品をどの程度読んだかを書こう。

・レイクサイド(文芸春秋)

・さまよう刃(角川書店)

・流星の絆(講談社)

・探偵ガリレオ(文芸春秋)

・パラレルワールド・ラブストーリー(講談社)

・予知夢(文芸春秋)

・容疑者Xの献身(文芸春秋)

・放課後(講談社)

・秘密(文芸春秋)

・白夜行(集英社)

・あの頃僕ぼくらはアホでした(集英社)

・どちらかが彼女を殺した(講談社)

・わたしが彼を殺した(講談社)

とまあこんな具合である(読了順記載)。

つまり3ヶ月余りの間に13冊読んでいる。

自分でもびっくりだ。

同じ作者の作品を3ヶ月余の間に13冊である。

そして驚くのが、まだまだ読んでいない作品が山ほどあり、さらに読みたいと思う作品が目白押しなのだ。

いやはや、もはや驚きを通り越して自嘲したくなるほどのはまりっぷりだ。

さて、ここで題名にもどろう。

「どちらかが彼女を殺した」

である。

これは僕が1冊前に読み終わった作品であるが、その次に読み終わった「わたしが彼を殺した」という作品と題名がよく似ている。

想像通りシリーズ物である。

東野圭吾は作品にいくつかシリーズ物をもっている。

一番有名なものでは、つい最近ドラマ&映画化された福山雅治・柴崎コウ主演のガリレオシリーズであろう。

ええ。

大変面白いです。

しかし、そんなことをは言われなくても分かっていると思うのであえて書きません。

今まで読んだ東野圭吾作品で何が一番面白かったかと聞かれれば「容疑者Xの献身」ですと答えざるを得ない。

しかし今回ここで取り上げるのはガリレオシリーズではなく加賀恭一郎シリーズの2作品である。

なぜこの二つかと聞かれれば、これぞ推理物の真髄であろうと思うからだ。

普通、ミステリーとは何か事件が起きる。そして順を追って、物語の主人公である探偵であったり刑事であったりが推理をし、その謎を解き明かすというのがセオリーである。

が、この2作品(加賀恭一郎シリーズはこの2作品しか読んでいない)に関してはそんなセオリーは一切無視である。

どういうことか。

説明しよう。

当然事件が起こる。

これが起こらないとミステリーは始まらない。

さて、問題はここからである。

加賀恭一郎とは何者なのか。

彼は私が読んだ2作品では、警視庁練馬警察署捜査一課刑事となっていた(他の作品では違うものもあるらしい)

が、物語の主人公ではないのだ。

どういうことか。

この二つの作品に限っては加賀恭一郎は第三者として登場する。

特に「どちらかが彼女を殺した」では完全に物語の脇役である。

彼が登場するのはおよそ半分を読み進めたくらいに捜査陣の一人としてぽつぽつと登場する。

もちろん三人称で。

ガリレオシリーズで通称ガリレオと呼ばれている湯川学も三人称ではあるが、ガリレオシリーズは当然彼がいないと物語として成り立たない。

しかし、この2作品は加賀恭一郎がいなくても物語として恐らく成り立つ。

ここで「どちらかが彼女を殺した」の最終章を少しだけ紹介しよう。

包丁にはSの指紋はついてはいなかった。少なくとも、犯人によってつけられはしなかった。

(中略)

そうか、それで加賀は自殺でないという確信を持っているのだ――。

仮にJとKのいっていることがすべて正しく、自殺だったとすると、Sが自分の手でしたことが、いくつかある。まずメッセージを書いたカレンダーや写真を焼くこと。次に電気コードを自分の体につけてタイマーをセットすること。それから睡眠薬を飲み、ベッドに入る。これらの行動の中に、S以外の人間が無意識にした場合、明らかに本人とは違った痕跡が残る可能性のあるものが存在する。


ここまでで、事件真相を示す文章は終わりである。

(ちなみに、ここに書かれていることは読み始めてすぐに明らかになる事実なので、この作品を読む上でネタバレという要素にはならないはずなので心配しなくてもよろしい。人物名だけはSとJとKとさせていただいた。)

後は、加賀恭一郎がなぜ犯人が罪を犯してしまったかを説明する文章が続いて読了となってしまう。

つまり、東野圭吾が読者に対して挑戦しているのである。

どうですか?あなたはこれまでに与えられたヒントから論理的に犯人を推察することができますか?

と。

つまり、読者自身が推理をすることを楽しめないと、とてもじゃないが面白くもなんともない作品なのである。

僕が本当にミステリーであり、推理物の真髄であると言ったのはこの点においてである。

なぜならば、推理小説をいくつか読んだ中でも、たいていの作品は物語の中で出てきたヒントだけを使って犯人を推察することは不可能であるからだ。

大抵最後の段階で、なぜか主人公だけが知っている情報が出てきて、それが事件解決のキーになるのだから推察のしようがない。

この作品は、それが許されない。

だから事件も平凡なものだし、登場人物もとても少ない。

つまり、話しとしてはありきたりで、ただ事実を淡々と書いているだけの文章となるはずなのである。

しかし、そうならないのが東野クオリティーとでもいうのであろうか。

正直に告白すると、私は一回読んだだけでは到底事件の真相を明かすことはできなかった。

そしてどこにも答えが載っていないのだ。

袋綴じで西上心太氏が推理の手引きとして解説を行っているようだが、これを開くのは癪なので僕は開いていない。

ちなみに袋綴じの中でもこの人が犯人だというのは明記されていないらしい。

この推理の難易度、はっきり言って難解である。

しかも、ネット情報によると、ノベルズ版にははっきりと明記されていた犯人推察の手がかりの一つが、文庫本は綺麗さっぱり抜け落ちているということだ。

つまり、文庫化にあたり、東野氏はさらに推理レベルを上げてきたということである。

このような非凡なアイデアと文章構成力をもって、次々と傑作を生み出す東野圭吾という作家に僕は深く感銘を受ける。

これが才能というものなのかとも思う。

そして悔しいことに、僕はまた、東野圭吾の作品を買いに、嬉々として本屋に向かうことになるのである。

皮肉にも東野圭吾の小説にこんな帯がついている。

「彼のせいで今日も寝不足だ」

まったくである。


以下コメント返信。

>あす
こういうネタは苦手だと言いながらきちんと自分の意見を書いているじゃない^^
おかしいと思うことにはおかしいとちゃんと言えるのが大事だと思います。
あすがどんどん大人になっていくな(笑)
あたしでも読めた漢字を読めない我々の総理大臣。。。
ツライところですね;;
ところでネットは治ったかね?・3・


>紅
あのぅ。。。
学校でYes we can!と連呼する男子があふれかえっているということですが。。。
すみません。
吹きましたorz
あなたの学校の男子って。。。
おもろいな;
とにかく旬の話題をきっちりとつかみ、それをすぐにネタにすることにおいては天才的だと思う;;

>オバマさnの就任演説マサニ世界のリーダーに相応しい演説っぷりでしたね。
>有名無実ならんよに頑張ってほしいもんです。

この言葉は正に真理を語っていると思う。
どこの国でもいいから『この国はすげぇ!』
というのを僕もみてみたいものです(笑)
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