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皆さんこんばんわ^^
さて、本ブログであるが、最近、以前からは想像もできないくらいのペースで更新されている。

メイプル日記と題されているにも拘らず、完全にリアル日記となってしまっている現状を、読者の皆様はどういった感想を持って読んでいるのだろうかとふと考えたりもします。

というか・・・この日記は自身が考えているほどメジャーなものではないとようやく我に返り、というかようやく目を覚まし、それならば好き勝手なことを書いてやろうと開き直った次第である。

さて本題に入る前に、前回記事の人物表記にあたり、かの偉大なる文化人である「樋口一葉」先生を「樋口一世」と誤写してしまった。

この罪は、私にとっては許されざる蛮行であることに心を痛めるばかりである。

常日頃から『文化人』を志し、日夜憧れ続ける世界で多大なる貢献、功績を残した大先輩に対してのこの度の非礼は、申し開きもできぬものであると己の恥をただただ自省するばかりである。

なにやら先日から反省ばかりしているが、生きるということは本来そういったことであろうと開き直ることしか今の私にはできない。
この度の許されざる蛮行に対しての謝罪及び釈明は、いつの日か自身が文化人と呼ばれるようになったその日までの執行猶予を願うばかりである。

というわけで本日もコメント返信。
>ユミちゃん
冒頭に於いて謝罪させていただきました。
大変申し訳ございません;;
ご心配ありがとうございます;;
本日はなんとかサンドイッチを少しばかり食べられました。
今はもう、ただただ明日の朝9時が一瞬でも早く来ることを願っています。


>みちゃさん
みちゃさんは生粋のマゾヒストだったんですね;
確かに、受付に座るお姉さま、歯科衛生士さんはあまりに魅力的ですが、別に一緒に飲みに行けるわけでもなく、触ることもできない、いわば芸能人のような存在の彼女達に対して抱く感情よりも、私は歯医者は怖いという感情の方が明らかに大きいのです・・・。
どうかご理解いただければと思います・・・orz


さて、本日の記事。

「勇気凜凜ルリの色」であるが、皆様はこの表題が表す意味を理解できるだろうか?

これは、昭和三十年台のドラマ「少年探偵団」のテーマソングの歌詞の一節である(らしい)。

らしいと付けたのは、当然私は昭和三十年台など、この世に影も形もないわけである。

そして、別段興味があるわけでもない。

なのになぜこの表題なのかということだが、これは別の意味において私にとって恐ろしく意味のあるものに代わるからである。

もったいぶってないで早く言えと思ったでしょう。

はいはい。言いますよ。

これは私がこの半年間、はまりにはまっている「浅田次郎」氏のエッセイ集のタイトルなのだ。

だから?と思ったでしょう。

これだから被文化人は困る。

というのは冗談で、これホントに面白い。

まず、表題を語る前に、浅田次郎という人物について、僭越ながら簡単にご紹介したいと思う。

1951年生まれ、戦後成金(本人の申告)の次男坊として裕福な家庭に育つが、小学生の時に埋没、一家離散の憂き目にあい、文学不良少年(本人の申告・幼少期から作家を夢みて、数々の作品を出版社に持ち込んでいたが全てボツとされたと、自身の著書の中で語っている)として高校を卒業後、大学受験に失敗、浪人後に再び大学を受験するがこれまた失敗。

その年、自身の敬愛する三島由紀夫の自殺に衝撃を受け、自衛隊に入隊。

二年間の満期除隊をもって、一般人となる。

その後、数々のピカレスク職(要はヤクザの準構成員)に身を置くが、作家への夢を諦めきれずに足を洗う。

またしても一般市民に戻った氏は一応のシャバ職に身を置きながら執筆活動に精を出し、苦しい下積み時代を送る。

そうしてついに1991年「とられてたまるか!」が初めて活字になり作家デビューを果たす。

40歳というあまりに遅いデビューを皮切りに大衆文学賞を総なめにしていく様は圧巻である。

1995年:「地下鉄(メトロ)に乗って」で第16回吉川栄治文学新人賞

1996年:「蒼穹の昴」で第116回直木賞ノミネート

1997年:「鉄道員(ぽっぽや)」で第117回直木賞

2000年:「壬生義士伝」で第13回柴田錬三郎賞

2006年:「お腹召しませ」で第10回司馬遼太郎賞

2008年:「中原の虹」で第42回吉川英治文学賞

いまや、あまねく文壇の中において確固たる地位を持つ重鎮である。


これが浅田次郎という文化人の簡単な経歴である。

これを見ただけで読書が好きな私などは、浅田次郎という人物に興味を抱かずにはいられない。

その氏が書いたエッセイ集が表題「勇気凜凜ルリの色」なのだ。

面白くないわけがない(爆)

これを読み始めてから、私は大変心苦しいがメイプルストーリーという世界を離れずにはいられない状況となってしまった。

一年間、ほぼ毎日と言っていいくらいinしていたメイプルストーリーをである。

氏がこのエッセイで語りかけてくる言葉に、ある時は爆笑し、ある時は涙し、ある時は熟考させられている毎日である。

私の生来唯一の趣味である「読書」について再び考えさせられた作品なのだ。

この第一巻は1994年~1995年にかけて、「週刊現代」の一コーナーに書かれた連載エッセイを集めたものであるが、「古臭さ」をまったく感じさせない氏の作家としての力量に、ただただ脱帽するばかりである。

氏がこの著書で訴えているものはどれもこれもが簡潔かつ明快であり、読み手を轢きつける力に溢れている。

例えば自身の担当編集者にまわし蹴りを食らわしてみる稿があったかと思えば、人間の人間たる尊厳について、深慮のかぎりをもって礼を欠くほどの毒舌で語ってみたり(自国の総理大臣に向かって馬鹿野郎と公文の中で語ったり)しているのである。

そんな訳でとにかく面白い。

そして読み進めるうちに私ははたと自身のあまりの教養の薄さに気がついた。

漢字が読めないのである。

これは情けないことにも私が読めない、もしくは意味が分からない、もしくはそのどちらも満たした結果、辞書を引いた言葉の例である。

ちょっとしたテストのような気持ちで皆さんも読んで意味を考えてみてください。


・慇懃


・周章


・炯眼


・悖る


・仰臥


・満艦飾


・貴顕


・市井


つけ馬


これはほんの例です。

これを見て私がいかに言葉というものを知らないかが露呈されました。

これはちょっと情けないと思いませんか?

私はこれまで日本語という言語を操ることをひそかに誇りに思ってきました。

しかし、今回少しまとまった時間ができたのでじっくりと読書をしてみると、自身のあまりのボキャブラリーのなさに愕然としてしまいました。

美しき日本語を解せぬ自身が文化人どころか、未熟な幼子であるような気さえしてくるのです。

しかし、これは明らかに小中高における自身が招いた怠惰の結果であるのは明らかなので、そのツケをこれから少しずつ返さなければいけない。

なぜなら、私の夢はいつの日か、私の敬愛する文豪達のような文化人になることだから。

美しき日本語。

そのなんたるかを知ることが、自身が己に課した命題だから。

浅田氏は勇気凜凜ルリの色「力ずくについて」の稿でこんな風に語っています。

「人は、もはやこれまでと思えば石に蹴つまずいても死ぬ。自分の力で踏みこたえていけなければ、どこまででも堕ちて行く。死なぬように堕ちぬように懸命の努力をすることこそ、人の人たる所以なのである。他人の力のみで開ける人生など、何ひとつないのである。」

40歳という年齢にしてようやく自身の夢をつかみ、かつて高校生の自身があこがれた文化人としての誉れを受けるための階段を、自身の力で昇った男の言葉である。

これが、陸上自衛隊出身、ピカレスク人生経由、現在小説家である浅田次郎という人間が出した答えであるならば、これほど説得力のあるものはないではないか。

私も、私自身から逃げずにどこまでも闘い続けようと思わずにはいられない力強い素敵な言葉である。

親愛なる講談社様、無断転載しまくりでほんとに心苦しいが、文化人にあこがれる、「平凡な幼少期出身、やんちゃ青春時代経由、現在一般人」のマイナーブログのことなのでどうか許していただけないでしょうか?

本日、日曜日 22:55

皆様、思い思いの休日を過ごしていることかと思います。

私も、「勇気凜凜ルリの色・ダイエットについて」の稿に戻ることにする。

今度はどんな言葉で笑わせてくれ、また泣かせてくれるのかと今から楽しみでしょうがない。
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